passkey-auth-starter guide 05

05 パスキーの仕組み

パスワードに残る 2 つの弱点

02〜04 章で、パスワードを正しく保存し、正しく扱う方法を見てきました。それでも、パスワードには仕組みそのものの弱点が 2 つ残ります。

  1. 偽サイトに入力すると盗まれる: パスワードは「同じ文字列を送れば通る」秘密なので、本物そっくりの偽サイトで入力させられると、攻撃者はそれを本物のサイトに入れるだけでログインできます。これをフィッシング(偽サイトや偽メールで秘密を入力させて盗む攻撃)と呼びます。
  2. サーバーと利用者が同じ秘密を共有している: サーバーはハッシュの形とはいえ、照合のための値を持っています。

NIST SP 800-63B-4 は、パスワードやワンタイムパスワード(1 回だけ使えるコード)を「フィッシング耐性なし」と分類しています。ワンタイムパスワードも、偽サイトに入力させて、その場で本物のサイトに中継すれば使えてしまうからです。

パスキーは、この 2 つの弱点を仕組みで取り除いた認証方法です。WebAuthn(ウェブオースン。ブラウザでパスキーを使うための標準規格)という仕様に沿って動きます。

鍵の組: 秘密鍵と公開鍵

パスキーは公開鍵暗号(2 つで 1 組の鍵を使う暗号の仕組み)を使います。

  • 秘密鍵: 利用者の端末(スマートフォン、パソコン、セキュリティキー)の中にだけあり、外に出ない。署名(その鍵の持ち主にしか作れない、データへの印)を作るのに使う。
  • 公開鍵: サーバーに預ける。署名が対になる秘密鍵で作られたものかを確かめることはできるが、署名を作ることはできない。

つまり、サーバーが持つのは公開鍵だけです。公開鍵が漏れても、それを使ってログインすることはできません。00 章の「漏れても使えないものだけを持つ」を、仕組みそのもので満たしているわけです。

-- 出典: src/db/migrations/001_init.sql:16-22
CREATE TABLE credentials (
  id            INTEGER PRIMARY KEY,
  user_id       INTEGER NOT NULL REFERENCES users(id) ON DELETE CASCADE,
  -- 認証器が発行する ID。ログイン時はこの値でどの公開鍵を使うかを引く
  credential_id BLOB    NOT NULL UNIQUE,
  -- 公開鍵。漏れてもログインには使えない(秘密鍵は利用者の端末にしかない)
  public_key    BLOB    NOT NULL,

秘密鍵を持ち、署名を作る装置を認証器(にんしょうき。端末に内蔵された仕組みや、USB で差すセキュリティキーなど)と呼びます。指紋や顔、端末の PIN(暗証番号)は、認証器が「持ち主が今ここにいるか」を確かめるために端末の中で使うもので、サーバーには送られません。

ログインの流れ: チャレンジに署名する

パスキーでのログインは、サーバーが出す問題(チャレンジ。毎回変わる使い捨ての乱数)に、端末が秘密鍵で署名して返すことで行います。

sequenceDiagram
  participant B as ブラウザ
  participant A as 認証器(端末)
  participant S as サーバー
  B->>S: パスキーでログインしたい
  S-->>B: チャレンジ(使い捨ての乱数)
  B->>A: このサイトのドメインとチャレンジに署名して
  A->>A: 指紋やPINで持ち主を確認
  A-->>B: 署名と鍵のID
  B->>S: 署名と鍵のIDを送る
  S->>S: 鍵のIDで公開鍵を引き、署名を検証
  S-->>B: 正しければセッションを発行

チャレンジが毎回違うので、一度盗み見た署名をもう一度送っても通りません(使い回しを防ぐ)。このプロジェクトでは、チャレンジを 5 分で無効にし、1 回使ったら消しています(src/auth/challenges.ts)。

偽サイトで効かない理由: RP ID

いちばん大切なのは、認証器が、署名を求めてきたサイトのドメインを自分で確かめることです。

パスキーは登録したときに、サイトのドメインと結びつけられます。このドメインを RP ID(リライングパーティー ID。パスキーが結びつくサイトの識別子)と呼びます。偽サイト(たとえば本物と一文字違いのドメイン)が署名を求めても、ブラウザと認証器は「このドメイン用のパスキーは無い」と判断し、署名しません。利用者が見た目にだまされても、機械がだまされないのがパスワードとの決定的な違いです。

さらにサーバー側でも、署名と一緒に送られてくる「どのサイトで署名したか」の情報(オリジン)が自分のものかを確かめます。

// 出典: src/auth/passkey.ts:35-38
  return generateRegistrationOptions({
    rpName: config.rpName,
    // S5: RP ID は設定から固定。パスキーはこのドメインにしか使えないので、偽サイトでは働かない
    rpID: config.rpId,

config.rpId は .env の RP_ID から読みます。本番では自分のサービスのドメインにします(10 章)。

登録の流れ

登録も、チャレンジを使った 2 往復で行います。違うのは、端末が新しい鍵の組を作り、公開鍵をサーバーに渡すことです。

sequenceDiagram
  participant B as ブラウザ
  participant A as 認証器(端末)
  participant S as サーバー
  B->>S: パスキーを登録したい
  S-->>B: チャレンジとRP IDなどの条件
  B->>A: 新しい鍵の組を作って
  A->>A: 秘密鍵は端末にしまう
  A-->>B: 公開鍵と、チャレンジへの署名
  B->>S: 公開鍵と署名を送る
  S->>S: 署名とオリジンを検証して公開鍵を保存

登録の条件として、このプロジェクトは次の 2 つを指定しています。

// 出典: src/auth/passkey.ts:50-55
    authenticatorSelection: {
      // S5: Discoverable Credential(端末側にユーザー情報を持つ鍵)。メールを打たずに選ぶだけでログインできる
      residentKey: 'required',
      // S5: user verification = preferred。指紋や PIN が使える端末では使い、無い鍵でも登録できるようにする
      userVerification: 'preferred',
    },
  • Discoverable Credential(ディスカバラブル・クレデンシャル。どのアカウント用かを端末側が覚えている鍵)にすると、ログインのときにメールアドレスを入れなくても、端末が「このサイトのアカウント」を一覧から選ばせてくれます。
  • user verification(ユーザー検証。指紋や PIN で持ち主本人かを確かめること)は preferred(できればする)にしています。指紋センサーなどが無いセキュリティキーでも登録できるようにするためです。

自動入力から 1 タップで入る: 条件付き UI

ログイン画面のメールアドレス欄には、次のような印を付けています。

<!-- 出典: src/web/login.html:14-15 -->
        <!-- 条件付き UI: autocomplete に webauthn を含めると、この欄の自動入力候補にパスキーが並ぶ(S5) -->
        <input id="email" name="email" type="email" autocomplete="username webauthn" required>

webauthn を含めると、ブラウザはこの欄の自動入力の候補に、保存されているパスキーを並べます。これを条件付き UI(パスキーがあるときだけ、自動入力の形で控えめに出す画面の作り)と呼びます。パスキーを持っている人は候補を選ぶだけで入れ、持っていない人はふつうにパスワードを入れられます。

鍵の複製を見つける: 署名カウンタ

認証器の多くは、署名するたびに 1 ずつ増える署名カウンタを応答に含めます。サーバーは前回の値を覚えておき、今回の値が前回以下(巻き戻り)なら、鍵が複製された兆候として拒否します(S6)。この検査は @simplewebauthn/server に任せ、拒否したときは監査ログに counter_rollback と残します(src/auth/passkey.ts)。

なお、端末をまたいで同期されるパスキーなど、カウンタを常に 0 で返す認証器もあります。その場合は巻き戻りの検査は働きません。

パスキーを失くしたら

端末を失くすと、その端末の秘密鍵も失われます。このプロジェクトでは、次のように回復します(設計書 §7-5)。

  • パスワードも登録していれば、パスワードでログインして、新しい端末でパスキーを登録し直す
  • パスワードが無ければ、パスワード再設定のメールでパスワードを設定し、そのあとパスキーを登録し直す(08 章)

複数の端末でパスキーを登録しておくと、1 台を失くしても困りません。アカウント設定画面から何本でも追加できます(追加の前には本人確認を求めます。06 章)。

まとめ

  • パスキーは鍵の組を使う。秘密鍵は端末に、公開鍵だけがサーバーに
  • チャレンジに署名させるので、盗み見た署名は使い回せない
  • RP ID でドメインに結びつくので、偽サイトでは署名しない(フィッシングに強い)
  • 暗号の処理は @simplewebauthn/server と @simplewebauthn/browser に任せる

この解説の原本は GitHub の docs/guide/05-パスキーの仕組み.md です(MIT ライセンス)。誤りや分かりにくいところは、GitHub の Issue でお知らせください。