この見本は、受託案件や自社サービスの土台としてそのまま使えることを目指しています(MIT ライセンス)。この章では、自分のサービスに組み込むときに変えるものと変えてはいけないものをまとめます。
全体の手順
flowchart TD A["1. 設定(.env)を本番の値にする"] --> B["2. メール送信(Mailer)を自分の事業者につなぐ"] B --> C["3. 置き方に合わせる(https、リバースプロキシ、台数)"] C --> D["4. 画面を自分のデザインにする"] D --> E["5. 4 つの検証を通す"] E --> F["6. 受け入れたリスクと未決の項目を見直す"]
1. 設定を本番の値にする
設定は環境変数(プログラムの外から渡す設定値)で渡します。.env.example を写して .env を作り、本番の値に書き換えます。.env はリポジトリに入れないでください(.gitignore で除外しています)。
| 変数 | 本番での値 | 注意 |
|---|---|---|
NODE_ENV | production | 本番の検査(下記)が有効になる |
ORIGIN | https://example.com のような自分のオリジン | 末尾の / やパスを付けない |
RP_ID | example.com のような自分のドメイン | ORIGIN のホスト名と同じか、その親ドメイン |
SESSION_SECRET | 32 文字以上の乱数 | 漏れたら作り直す(全員がログアウトされる) |
DATABASE_PATH | DB ファイルの置き場所 | バックアップを取る |
RP_ID は、一度パスキーを登録してもらったあとに変えると、それまでのパスキーがすべて使えなくなります(05 章)。最初に慎重に決めてください。
設定はサーバーの起動時に一度だけ検査し、誤りがあれば起動しません。たとえば本番で ORIGIN が https でなければ止まります。
// 出典: src/config.ts:86-89
// パスキーは安全なコンテキスト(https、または localhost)でしか動かない。
if (isProduction && originUrl.protocol !== 'https:') {
problems.push('本番(NODE_ENV=production)では ORIGIN を https:// にしてください');
}
RP_ID が ORIGIN のホスト名と合わないときも、同じように起動の時点で止めます。SESSION_SECRET は、次のコマンドで作れます(.env.example にも書いてあります)。
node -e "console.log(require('node:crypto').randomBytes(32).toString('base64url'))"
2. メール送信をつなぐ
開発中は、再設定メールを画面(ターミナル)に表示するだけの ConsoleMailer が使われます。本番では、自分のメール送信事業者につながる Mailer を渡さないと起動しません。黙ってコンソールに出し続けると、メールが誰にも届かないまま「送りました」と答え続けることになるからです。
Mailer は、次の 1 つの関数を持つだけの型です。
// 出典: src/mail/mailer.ts:11-13
export interface Mailer {
send(to: string, subject: string, body: string): Promise<void>;
}
自分の事業者の SDK(その事業者のサービスを使うための部品)を使って、この型を実装します。たとえば次のような形です(事業者ごとに中身は変わります)。
import type { Mailer } from './mailer.js';
export class MyProviderMailer implements Mailer {
async send(to: string, subject: string, body: string): Promise<void> {
// ここで事業者の SDK を呼ぶ。API キーは環境変数から読み、コードに書かない。
// 失敗したときに投げる例外の文やログに、body(再設定リンク=トークンの生値)を含めないこと(S12)
}
}
作った Mailer は、src/server.ts の起動処理で buildApp に渡します。
// 出典: src/server.ts:103-105
config = loadConfig();
// 本番で使うときは、ここで自分の送信事業者向けの Mailer を渡す: buildApp(config, { mailer })
app = buildApp(config);
3. 置き方に合わせる
- https で配信する: パスキーも Secure 付きの Cookie も、https が前提です。
- リバースプロキシ(利用者とアプリの間に置いて、要求を中継するサーバー)の後ろに置く場合は、Fastify の
trustProxyを設定してください。設定しないと、レート制限・ロック・監査ログに記録される IP が、すべてプロキシの IP になります。 - 複数台・複数プロセスで動かす場合: レート制限の回数とパスキーのチャレンジは、今はプロセスのメモリに置いています。どのプロセスに要求が来ても同じ値を見られるよう、共有の置き場(DB や Redis など)に移す必要があります。Redis(レディス)は、メモリ上で動き、複数のサーバーから共有できる高速なデータの置き場です。
4. 画面を自分のデザインにする
src/web/ の画面は、仕組みを読みやすくするために素の HTML にしています。自由に作り替えてかまいませんが、次の点は残してください。
- ログイン画面のメール欄の
autocomplete="username webauthn"(条件付き UI、05 章) - パスワード欄で貼り付けを禁止しない。
maxlengthを付けない(03 章) - 利用者が入力した文字(パスキーの名前など)は
textContentで表示する(innerHTMLに入れると XSS になる) - 再設定画面の
<meta name="referrer" content="no-referrer">と、トークンをアドレス欄から消す処理(08 章)
変えてはいけないもの
次の性質は、どれも「漏れても使えない」「なりすまされない」を支えています。変えたくなったら、まず docs/design.md §6 と docs/threat-model.md を読み、何が守られなくなるかを確かめてください。
| 変えてはいけないもの | 要件 | 章 |
|---|---|---|
| パスワードは Argon2id で保存する。平文や暗号化(元に戻せる形)にしない | S1 | 02 |
| 文字種の強制・定期変更の強制を足さない | S2, S4 | 03 |
| 漏えい一覧との照合を外さない | S3 | 03 |
| RP ID を固定し、パスキーの検証をライブラリに任せる | S5, S6 | 05 |
| セッション ID を DB にそのまま保存しない。Cookie の属性を外さない | S7 | 04 |
| ログイン・再設定のレート制限と、パスワードのロックを外さない | S8, S9 | 07 |
| パスキーの追加の前の本人確認(直近 5 分以内)を外さない | — | 06 |
| 再設定トークンを長期・使い回し可能にしない | S10 | 08 |
| メールや SMS をログインの要素にしない | S11 | 08 |
| ログに秘密の生値を書かない | S12 | 09 |
| Origin の検証を外さない | S13 | 04 |
| 「存在しないメール」と「パスワード違い」の応答を分けない | — | 07 |
暗号に関わる処理(ハッシュ、署名の検証、乱数)を自前で書き直すのも避けてください。実績のあるライブラリに任せるほうが、誤りが入りにくくなります。
5. 4 つの検証を通す
変更したら、次の 4 つを通してから反映してください。CI(GitHub に置いたとき、変更のたびに自動で検査する仕組み)も同じ 4 つを実行します。
npm run lint # 書き方の検査
npm run typecheck # 型の検査
npm test # 単体・結合テスト(S1〜S13 の多くをここで確かめる)
npm run e2e # ブラウザを動かすテスト。仮想の認証器でパスキーの登録とログインを試す
テストが落ちたときに、テストを飛ばして黙らせないでください。落ちたテストは、守られなくなった性質を教えてくれています。
6. 受け入れたリスクと未決の項目を見直す
この見本は、次の点を利便性や作りの軽さとの引き換えで受け入れています。サービスの性格に合わせて見直してください(docs/threat-model.md §10, §11)。
| 項目 | なぜ受け入れたか | 変えるならどこか |
|---|---|---|
| 新規登録の 409 で、登録済みのメールが分かる | 防ぐには確認メールを挟む登録方式が要る。IP ごとのレート制限で速度は抑える | src/routes/signup.ts と src/routes/passkeys.ts の 409 の分岐(06 章) |
| ログイン直後 5 分以内の Cookie を盗まれると、パスキーを足されうる | ログインを本人確認として数え、登録の直後にそのまま追加できるようにした | src/auth/session.ts の REAUTH_MAX_AGE_MS と startSession(09 章) |
| パスキーのログインにはアカウント単位のロックを掛けない | 推測で当てられないので、ロックは第三者による締め出しにしか効かない | src/routes/passkey-login.ts の署名の検証(07 章) |
決めずに残している項目もあります。
- ログイン試行の記録と監査ログを、どれだけの期間残すか(今は消さずに増え続ける)
- 監査ログを改ざんから守る仕組み(追記専用の外部保存など)を入れるか
扱う情報の重さや利用者の数に合わせて、組み込む側で決めてください。
おわりに
ログインの仕組みは、「本人を通す」ことよりも「本人以外を通さない」「漏れても使えない」ことのほうに多くの工夫が要ります。この解説が、その工夫の 1 つ 1 つに理由があることを伝えられていれば幸いです。
この解説の原本は GitHub の docs/guide/10-自分のサービスに組み込む.md です(MIT ライセンス)。誤りや分かりにくいところは、GitHub の Issue でお知らせください。