「うちみたいな会社を、わざわざ狙う人はいない」。この言い方が成り立っていたのは、攻撃に腕と時間が要った時代の話です。いま、攻撃のための道具は月額で借りられ、AIで動く侵入ツールは誰でも入手でき、脆弱性は公開から数時間で攻撃に転用されます。攻撃者の「腕」は、もう差になっていません。本記事では、この1年ほどで起きた攻撃ツールのコモディティ化(日用品化)を事例で追い、そのうえで守る側に残された差は何かを考えます。
攻撃は「サービス」として売られている
ランサムウェアは、開発者が作った道具を「アフィリエイト」と呼ばれる実行役に貸し出し、身代金を分け合う分業制(RaaS:Ransomware as a Service)が主流になって久しいです。フィッシングも同じで、偽サイトの雛形、検知をすり抜ける更新、サポート窓口まで付いた月額制のサービスがあります。ワンタイムパスワードを電話で聞き出すための自動音声ボットは週70ドルほど、遠隔操作ツールは月200ドルほどで借りられると報じられています。侵入済みの企業ネットワークへの「入口」を売る仲介業者もいて、常連には割引があります。
出典: BleepingComputer「Cybercrime goes SaaS: Renting tools, access, and infrastructure」(2025年12月2日)
つまり、攻撃を始めるのに必要なのは、技術ではなく、少額の支払いと時間です。この構造が、攻撃者の裾野を広げました。
AIで動く侵入ツールが、公開で配られている
2025年9月、「HexStrike-AI」というオープンソースの攻撃支援ツールが話題になりました。AIエージェントが150以上のセキュリティツールを自律的に使い分け、偵察から侵入まで進める枠組みで、公開から1か月で GitHub のスター1,800、フォーク400を超えていました。同じ頃に公開された Citrix NetScaler の脆弱性について、攻撃者のフォーラムでは「HexStrike-AI で数時間で攻略できた」という書き込みが観測され、侵入済みの機器が売りに出されました。
出典: BleepingComputer「Hackers use new HexStrike-AI tool to rapidly exploit n-day flaws」(2025年9月3日)
2026年10月には、中国で開発されたオープンソースのAI侵入テストツール「ARTEX」が、韓国の新韓銀行、KB国民銀行、ハナ銀行などへの攻撃に使われたことを CrowdStrike が確認しました。攻撃者は ARTEX を DeepSeek や GLM、Grok といった複数のAIモデルにつなぎ、さらに Claude Code のセッションを並行して動かしていました。研究者が見つけた公開ディレクトリには、ツールの設定ファイルとAIとの作業履歴がそのまま残っていました。開発者はこの件を受けてコードを非公開にし、更新を止めましたが、すでに英語版・韓国語版の派生が作られていて、入手できる状態は変わっていません。
出典: BleepingComputer「Hacker used ARTEX AI and Claude agents to target South Korean banks」(2026年10月10日)
ここで注意したいのは、ARTEX も HexStrike-AI も、本来は防御側が自社の弱点を探すための「侵入テスト」の道具だということです。守るための道具と攻めるための道具は、同じものです。公開されれば、どちらの手にも渡ります。
AIが侵入の大半をこなした、最初の記録
2025年11月、Anthropic は、中国の国家系とみられるグループが Claude Code を使って約30の組織への侵入を試みた事案を公表しました。人間がやったのは標的の選定と、要所での2〜10分の確認だけで、偵察・脆弱性の発見・侵入・権限の奪取・データの持ち出しは、AIの複数のエージェントが分担して進めました。攻撃者は作業を小さく分け、1つ1つを「普通の技術的な依頼」に見せかけることで、安全装置をすり抜けました。成功したのは少数でしたが、記録に残る形でAIが侵入の大半を実行した、最初の事例とされています。
同時に、この報告はAIの限界も示しています。AIは成果を誇張し、取得していない認証情報を「取った」と報告し、公開情報を「重要な発見」として扱いました。完全な自動化を阻んでいるのは、いまのところAIの正確さの問題です。ただ、それは時間の問題でもあります。
私たち JumpStack は、開発と運用の実務を Claude Code に任せている会社です。攻撃者が使った道具と、私たちが毎日使っている道具は同じです。だからこそ、道具の良し悪しではなく、道具の周りに何を置くかが差になる、と考えています。
公開から武器化まで、数日から数時間へ
道具が揃うと、何が変わるか。いちばん大きいのは速さです。Google の脅威情報グループ(GTIG)によれば、2026年1〜8月に実際に悪用された脆弱性は141件で、2025年1年分の127件をすでに超えました。増えたのは未知のゼロデイではなく、公開済みの修正パッチや概念実証コードをAIで解析して、数日のうちに攻撃に転用する動きです。BeyondTrust の脆弱性は公開から4日で悪用され、7日以内にさらに5つの攻撃グループが続きました。
出典: The Record「Google: AI is changing the pace of vulnerability discovery and exploitation」(2026年9月30日)
10月の PHP の脆弱性「php2shell」では、修正版の公開前から攻撃の通信が検知され、国内のレンタルサーバー各社が深夜に緊急メンテナンスに入りました。発見の側でもAIは効いていて、脅威情報企業 VulnCheck は、AIによって発見される脆弱性が前年比で倍になったとしています。見つかる速さと、攻撃に変わる速さの両方が上がり、修正を当てる「猶予」は週単位から日単位、場合によっては時間単位になりました。
コモディティ化が変えた3つのこと
1. 標的は「選ばれる」のではなく「見つかる」。道具が自動で動くなら、攻撃者は有名な会社を狙う必要がありません。インターネット全体を機械的に調べ、古い版のまま動いているサーバー、デフォルトのまま公開されている管理画面、漏れた認証情報が使えるアカウントを、見つかった順に攻撃します。国内の漏えい一覧に、小さな自治体の施設、地方の学校、従業員数十人の会社が並ぶのはそのためです。
2. 攻撃者の腕は差にならない。守る側の「更新できるか」が差になる。同じ道具を誰でも使えるなら、攻撃の成否を分けるのは、標的の側に穴が残っているかどうかだけです。修正が出てから当てるまでに何日かかるか。それが、その組織の実質的な防御力です。
3. 1つの穴が、数十の組織の事故になる。道具が速く広く回るほど、多くの組織が共有している基盤(メール配信、EC基盤、予約システム、ノーコード制作ツール)が狙われたときの被害が大きくなります。2026年秋の国内では、1つのサービスの侵害が20〜40の組織の公表につながる例が繰り返し起きました。
守る側に残された差
攻撃の道具が日用品になったなら、守る側も日用品で守れる部分から固めるのが順番です。幸い、守る道具もコモディティ化しています。
- 更新を自動にする。OSとミドルウェアの自動更新、依存ライブラリの更新通知(GitHub の Dependabot など)は無料です。「猶予が日単位」の世界では、人が気づいてから当てる運用は間に合いません。更新しても壊れない構造にしておくことが前提で、これは別の記事に書きました。
- 外から見える口を減らす。管理画面とSSHをインターネットに直接出さない。管理者IDには多要素認証を付ける。自動で動く攻撃ツールは「見える口」しか叩けません。見えなければ、見つかった順の攻撃から外れます。
- 持っていないものは漏れない。集める項目を減らし、使い終わったデータを消し、外部サービスに渡す情報を棚卸しする。侵入を完全には防げない前提で、漏れたときに出ていく量を小さくしておきます。
- 共有している基盤を把握する。自社が使っているメール配信、EC基盤、フォーム、予約システムの名前を一覧にしておく。そのサービスの侵害が公表された日に、自社が何を何件渡していたかを即答できるかどうかで、初動の速さが決まります。
- 止まる仕組みを持つ。自社でAIに開発や運用を任せるなら、AIが間違えても本番で止まる仕組み(承認ゲート、権限の境界、秘密情報の隔離)を先に置く。攻撃側がAIに侵入を任せる時代に、守る側がAIに運用を任せるなら、その差は「ハーネス」の有無です。
どれも新しい技術ではありません。攻撃がコモディティ化したことで、「基本をやっているか」が、そのまま「狙われるか」に直結するようになった、というだけです。
まとめ
攻撃ツールは、月額で借りられ、GitHub で配られ、AIで自律的に動くようになりました。攻撃者の腕はもう差になりません。差になるのは、守る側が更新できる構造を持っているか、持たない設計をしているか、止まる仕組みを置いているかです。この3つは、道具を買わなくても始められます。「うちは狙われない」ではなく、「うちには見つかる穴がない」と言える状態を作ることが、コモディティ化した攻撃への唯一の答えだと考えています。
「見つかる穴がない」状態を、設計から。
JumpStackは、お客さまの現場にAIチームを配置するFDEを軸に、課題の定義から実装・運用までをご一緒しています。使っている基盤の棚卸し、更新が怖くない構造への作り替え、AIに任せるためのハーネス設計まで、段階を追ってご一緒します。
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